炁樂仙女


遺伝子解析と易経の秘密
無念者さんからの質問
質問への回答

58)永遠と永久について
59)素数のヒ・ミ・ツ☆

100)冬至には・・・
101)一陽来復
107)先後合天について
114)人日の坐
120)霊を集める
122)ゆったりストレッチ
131)波について
133)小鳥が止まるように
現在の状況
145)夏至の坐 
新しい坐椅子
自信について
閉じることを知って開く

RAILWAYS
電子書籍版がUP
天地の位育

お待たせ致しました
いよいよ新年


遺伝子解析と易経の秘密

20090613 | 日記

今回はこの坐を解説している太乙正経午集を翻訳するには易経を研究しなければならないと
研究しているうちに炁樂仙女さんが発見した遺伝子解析と易経の秘について書こうと思います

DNAを易象と結びつけて解明しようとした人がいましたが
残念なことに易象のとり方が間違っていました
それを炁樂仙女さんが正して解説したものがありますので
それを紹介します

「生きる!意味と方法」304ページより

DNAは易象と完全に対応しています。それは偶然の一致ではなく
アミノ酸が陰陽の組み合わせプログラムの一つだからです。その構成は実にシンプルです。
A,T,G、Cの四種類の基本コードは易の四象パターンと11に相対しています。
Aのアデニンは上も下も陰、Tのチミンは上が陽で下陰、Gのグアニンは上陰下陽
Cのシトシンは上下がともに陽に対応しています。
この4種類から更に64通りの組み合わせができて、64種アミノ酸と64卦が各々対応しているわけです。

具体的に例を挙げて観察してみましょう。
開始を示すATGの配列は上から陰陰陽陰陰陽となります
それは震為雷という卦に対応して、進め、進めの意味そのままです。
一方、停止を意味する配列は3種類あります。TAA,TAG,TGAです。
それらの意味は、同じ停止でも異なります。TAAは山地剥という卦で、完全停止の指示です。
TAGは山雷頤で、1つのプログラムの終了を意味し、停止して次のプログラムに移る指示です。
TGAは2つの山が連なる象の艮為山で、止まれ止まれですが、停止して待機する意図を示します。

 他に例えば、TGGは脳に有益とされるセロトニンの原料トリプトファンの合成を指示する配列ですが
陽陰陰陽陰陽は山火豊。エネルギーを安定して供給する意味を含んでいます。
グルタミン合成コードのCAAは風地観、CAGは風雷益で
どちらも脳(上丹田)にエネルギーを供給する意味ですが、益の方が追加供給の指示が見られます。
セリンの1種AGC、地天泰は上下間の交流安定を意味します。

 筋肉の主原料でダイエット関係アミノ酸として注目されるBCAでは
バリンはGTT沢水困、GTC兌為沢、GTA沢地萃、CTG沢雷髄に対応し
ロイシンはTTA火地晋、TTG火雷噬嗑、CTT天水訟、CTC天沢履、CTA天地否、CTG天雷旡妄に対応し
又イソロイシンはATT雷水解、ATC雷沢帰妹、ATA雷地予に対応しています。
このように、易象パズルで観察するといろいろな意味が見えてきて面白いし有益です。
DNA研究者の皆様には、易の解析法を合わせて研究される事をお奨めします。

 私(修方)がここにこの記事を載せたのは誰かが気が付いたことは何れ又発見される
どうせなら日本人に先に知ってもらいましょうと思って載せました

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無念者さんからの質問

20091102 | 日記

修方 様

「修復される時に痛くなる・・」-なるほど。

ところで、寝るとき横になり、ひざ小僧に掌を当てて坐の代わりに1時間ほどをここ数日やってます。
そしたら、気のようなものが全身を巡り、温泉に浸かっているような心地よい感じがして、
心臓を活発にさせたり、身体をジンジン温めてくれます。

ただ、昨晩は夜中に嫌な夢でうなされてしまいました。

これって、坐の代用になってますでしょうかね?

この無念者さんの質問には修方では回答不可でしたので 
現在 炁樂仙女さんに問い合わせ中です

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質問への回答

20091104 | 日記

炁楽仙女さんに書いてもらった解答をコピペします

「道院の修養と坐法について」

はじめまして 炁楽仙女と申します
修方さんの隣の家に住んでいる者です

修方さんから相談を受けましたので、1031日付けの
「無念者さんから修方さん宛のご質問」に関して
他の皆様にも参考にして頂ければ
と思う事を少しお話しいたします

無念者さんは熱心に修養の方法を工夫しておられるようで
就寝時を利用する坐に着目された事は大変良いと思います

ただ 最初から自己流にアレンジして道院の形坐をされますと
効果は望めないばかりか リスクが小さくありません
時間も60分では長過ぎると思います
折角トライされるのに却って心身を害してしまっては
修養どころではありませんからね

まあ譬えて言えば
未知の乗り物に出会って試乗するという場面で
説明書を理解する前に加速スイッチを押してみたり
いきなり手持ちの工具を持ち出して改造を試みるような行動は
慎まれる方が賢明でしょう

厳しい事を言う、と思われるかもしれませんが
効果を急ぐために自滅的な行為に走ってしまった人を
私も複数、見聞きしております
その人達は主に 他人より優位に立ちたい欲求が強くて
その為のパワーや能力の獲得を急いでおられたようです
無念者さんの場合は「そのような妄念が無い人」
という意味を意識してのお名前でしょうけれども
誰でも 功果を急ぐ気持ちが少しでも起こって
それが増幅してゆけば
類似した結果を招きかねません

それほど 道院の修養方法は
魅力的な効果もあると同時に
自己を律して慎重に取り組むべき修養法なのです

それを 手軽に安全に試みるには
特に横臥姿勢の時には
形坐ではなくて心坐をお奨めします

「胸の辺りに静かな穏やかな気を感じて
気持ち良くしているだけ」です
自律神経調整法と言ってしまうとちょっと違うのですが
そのまま眠ってしまっても問題ありませんし
簡単でも効果があるはずです

形坐は最初の100日位は16分~20分未満と謂われています
心坐は長時間でも いつでも どこでも ノーリスクですので
広く皆様にお奨めしたい方法です

掌を膝にセッティングしたポーズで心坐をするのが形坐です
ですから本当は心坐あっての形坐ですが
形坐をすると気の廻りが激しくなります

その時に正しく気をコントロールできれば
心坐と比べて急速な心身の調整 霊体の回復
更なる進化にも繋がってきます
その目的で形坐をする訳です
けれど
もし正しく気をコントロールできない場合は
心身に色々な(人によって違う)ダメージを招く事になります

この「正しく」という意味は
心身の修復 更に進化の為に働いて下さる「炁」の自然の機能が
充分に発揮できるモード設定にする という事です
「炁」というのは元々の気です
と言いましても方法は難しくなくて
要は「静かに穏やかに リラックスしながらも
毅然とした意識を保つ」という事です
これが道院の修養の基本姿勢とも言えるでしょう

しっかりと自己の意志を保つ という事は
具体的には脳と脊髄の神経系の問題です
つまり 姿勢を良くする(現実に良くなっていなくても)
背筋をすっきりと伸ばす気持ちになると
意識が毅然として正常な気を保ちやすくなる訳です
坐禅をする方達も 普段から良い姿勢を心掛けておられるでしょう

道院の形坐では特に
「天地を意識してその中間に居て心坐をする」感覚が大切で
地球の重力を利用して身体の気の
陰陽動静剛柔等を調える事が
第一ステップとなります
そういう意味で 大地にしっかりと足を付けて
地面に対して脊椎を垂直に立てる感覚と
それになるべく近い現実の姿勢が
効果的な形坐をするための必要条件となります
その上で手、舌のポイント設定します

ですから
本気で道院の修坐を始めてみようと思われる方も
又ちょっと試してみようかなと思われる方も
まず心坐の基本
「胸のあたりにフワッと静かな気を感じる」練習を
いつでも、どこでも、少しずつの時間でも
まず1週間ほど実行してみられる事を提案いたします

心坐の練習を続けていると いつの間にか
辛いこと 悲しい事 腹立たしい事があっても
「リラックスしながら毅然としていられる」
ようになっているご自身を感じられるでしょう
又周囲に対しても
「寛容さ 穏やかさ」と「真剣さ 厳しさ」が
自然に身に付いてくるはずです

それから もう一つ注意を要することは
特に睡眠に移行する時の波動は
想念の世界の波動に近いので
ご自分の潜在意識の中に少しでも暗い想念や
争いとか恨み 利己的な思考などがあると
悪夢のような現象を招いたり
ヘンな影響を受けやすいのです

そのような危険を避けるためにも
日頃から心坐で自己のコンディションを整え
常にリセットする練習をする事が
どなたにとっても 最良の修養になると思います

ですから 椅子などに腰かけて形坐している時にも
眠くなったら すぐやめて普通に睡眠をとるか
又は意志の力で毅然とリセットするか 
どちらかが安全です

詳しくお話すると限がありません
「炁楽仙女さんが近々自分の部屋を開設する」と
修方さんが言いふらしているようで 
待っていて下さる方が一人でも居られるようなら
否定するわけにもゆきませんから
なるべく早く始める気持にはなっております

修方さんは私の知らない内にブログを始めて
押し付けがましい表現や 早とちり 舌足らずもあって
皆様に不審な印象を投げかけたかもしれません
私も同じ道の仲間として 不備をお詫びいたします

けれど彼が 修養者としてカッコ良くない
未完成の真霊の写真を
皆様の参考見本にと思って公開している
そのサービス精神に対してだけは
拍手してあげて頂きたいと思います

このサイトにアクセスされた皆様は
とにかく縁があって来られた事は確かでしょう

それぞれのお考え ご都合も
お有りでしょうけれど
ここへも時々お立ち寄りになり
何か1つでもお土産をお持ち帰り下さいますよう
皆様のご幸運を願っております

無念者さんは 素質や時間の余裕など
良い条件をお持ちのようですから
急がず 慎重に 丁寧に
そして楽しくトライなさってみて下さい

2009年11月3日    炁楽仙女

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58)永遠と永久について

永遠と永久の違いについて
お隣の人から 質問を頂きました

TV
番組で視たのだけれど あまり解らなかったとの事

辞典で 永遠を引くと 永久と書いてあり
永久を引くと 永遠と書いてあるそうで

それでは 永遠に永久に 解決しませんよね

永は ながい という意味でしょうが
遠い と 久しい というのは 何でしょう?

道理論から見ると 結構簡単です

恒ということが時間的に積み重なると 久になり
深ということがレベル的に重なると 遠になるそうです

ですから 恒久 と 深遠 という違いになる訳です

久は 時間的な概念 遠は距離的ですが且つレベル的です

ですから 例えば 一歩一歩 歩いていると
時間が久しくなって 随分の距離を歩いたな と思ったりします
それは 物理的な状況です

何か 習い事や趣味でも 始めて 少しずつ深めてゆくと
時間が久しくなって 随分レベルアップした とか思います
それは 始める前の自分との距離ですが 久より精神的です

随分歩いたな と思う時よりも 自分のレベルが深まった
という満足感は 人としての喜びに繋がります

そのような違いを 潜在意識で感じる故に 大抵の人は
永遠 という言葉が何となく 好きでしょう そして
永久より 永遠の方がカッコイイ と感じるでしょう

「○○○は永久に不滅です!」 という有名選手のセリフも
「○○○は永遠に不滅です!」 と人々の記憶に残りやすい とかね

因みに 道では 
道理に合ったマニュアル通りに 恒に努力する事も
更に研究して 認識を深める事も 両方とも奨励されています

仏教の 久遠(くおん) という言葉は 音もきれいなので
私は好きですが ちょっとマニアックかもしれません

久という時間  遠という距離は 
意識せずとも 結果として付いてくるものとして 

一歩一歩 少しずつ 丁寧に
「今」 を生きる! のは いかがでしょうか?

と なるほどと言う感じです
永久も永遠も楽しくないと大変ですが 
楽しければ案外ちょうど良い長さかも?

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59)素数のヒ・ミ・ツ☆

2010
0807 | 日記炁樂仙女さんがリーマン予想についての新しい考え方を示してくれました
許可を得てコピペします

最近また リーマン予想が 話題になっているようですが
その研究の為に 人生を狂わせた数学者も少なくないとか・・・

素数の法則性を解明すれば 宇宙の根本的な法則が
解明できるのでは という発想らしいです
 
私の場合は逆に 宇宙の根本的な法則研究の側から 
素数を観察する事も アリだと思います

素数の配列は 何故に存在するのでしょうか?

宇宙空間には 管理上の必要性から 様々な法則が
展開するよりも以前に 予防的に完備されています
その様な基本状態は 渾噩;(コンガク)と呼ばれています

その予防的管理システムの一種が 数に由る規律です
自由な展開を促す一方で 厳粛な規律で暴走を管理する 
リスク管理システムですね

その為に定期的に 
数で構成されている各物質 各事象自体に 
時間的に宇宙の初期の状態に意識を向けさせ
空間的に宇宙の中心に意識を向けさせ

最適な状態にリセットする
そのプログラムが 道理論から見た 素数の配備です

そのシステムは基本的に 方と円によって構成されています
直線と曲線とも言えるし 柔と剛とも言えるでしょう
素数の配列が πと密接な関係にある所以です

因みに 石材で球形を作る時は 立方体から作ります
木材を円柱状に加工する時も 方柱から作ります

ですから 素数階段という感じよりは
停止ポイント という方が近いでしょう

けれど 定期的に立ち止まる という感覚は 
数のライン上から見た場合であって
宇宙全体から 又は宇宙の中央から
又は 時間的な中心から 見た場合ではありません

そして 無限に展開されるかどうかは 
ロマンの問題としては重要かもしれませんが
維持管理上は 必ずしも重要ではありません

必要性を追及してゆくと 
ミクロの空間の 非可換というか 臨界状態の所で 
道理論では炁子と気母という 基本単位と応用物質の中間

物質とも言えない物質 派動とも言えない派動が
変換されても尚渾然と因昷する次元に 帰依する訳です

今日は ちょっと面倒臭い話になってしまいましたが
これをヒントに 数学者や 物理学者の方々の
ご研究が更に進展しますよう 願っております

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100)冬至には・・・

12月22日 今年も冬至の日が来ます

冬至は 北半球では一年で最も昼が短い 
陽の気が少なくて 陰の気が多い日ですよね

ですから 昔から なるべく外出せずに 家で
ゆず湯に入ったり カボチャを食べたり 暖かくして
おとなしく静かに過ごすのが良い と言われてきました

今の時代は 中々そうも しておられませんけど 
やはり理由があっての事ですから 冬至の過ごし方を
今一度 見直してみるのも宜しいのでは と思うのです

ご存じのように 夏至と冬至は 陽極と陰極になっています 
易では乾為天 坤為地 と言い 全部陽の卦と全部陰の卦です

冬至の陰極から 陽気が来復して次第に増えていって やがて
夏至になるわけで 冬至は そのターンする重要なポイントです

私たち地球の生き物は皆 太陽の恩恵を受けなくては生きられません
その太陽のパワーが最低状態からターンする時期ですから 注意深く
心身をリセットする ということ が有意義になるのですね

修養を志している者とっては 特に冬至は特別の日で
「冬至の坐」 というのを行います と言っても 
方法は常と同じで ただ時間に留意するだけです

冬至当日の午前0時頃に 自分のベストコンディションになるように
食事や 入浴を済ませておいて 必要ならストレッチとかして

0時少し前から 形坐(椅子に腰かけての静坐)を始めて 
0時から10分間ほど以上 静かな感覚をキープする・・・

そうすると 督脈の起点である尾閭(尾てい骨の辺り)が
自然に活性化されて 修養の基礎が固まる とされています

そういう特別の日時の条件を利用する 智恵ですね
もし 22日に都合の悪い場合は 前後1~2日くらいは
同時間ならば あまり大差は無い と私は考えています 

易象64卦に対して 地球の1年は365~6日ですから
坤為地も 陰陽変化的には1日限定でなくても という事です

修養の基礎を固めるぞ! とか 気合いを入れるとかえって
気持ち良くリラックス という修養の基本に反してしまいます

心身をリセットすると言うなら ちょっと試してみようかな
と思われた方も 思い立ったが吉日です 今年の冬至の機会に

0時頃 ただ静かに 人として生まれて今生きていることを
思い起こしながら 暫し陽気の回復を感じるだけでも
試してみられては いかがでしょうか

心地好いリセットの時を 迎えられますように!

(きらく仙女さんは知識が豊富だなと
言っていた人がいましたが 
何となくゆったりした気持ちになれる日記ですよね

それにやっぱり勉強になるというか
少し真似しなければという気持ちになりますね)

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101)一陽来復

冬至の時期も そろそろ過ぎまして
365日を64卦に当てはめる見方で言えば
陽気が回復してくる 地雷復の時期となりました

と言っても 夏至の後に暑さが来るのと同じように
これからがいよいよ 本格的な冬の季節ですよね

光は既に強まってきているのが分りますが
熱量の変化が 中々現実に表われてこないのは
水の温度の上げ下げに 時間がかかるからです

この地球は水の惑星とか呼ばれているだけあって
地気が決定する為には 水の状態が重要なのですね

実際に春を予感できるのは 立春を迎える頃で それは
年間の易象から見ると 離(火)が内卦に来る時期です
離は方位では南 先天の易では 乾 に対応します

ですから立春は 日本でも中国でも 昔から特別の
お目出度い日 としてお祝いの行事があったり
色々な風習が受け伝えられている訳ですね

それで 話は戻りますが 人の身体も ミニ天地と
謂われるように 水(腎機能)の管理が大切になります

腎臓が弱ると 肝臓にも繋がってきますから
肝腎かなめ という言葉もあるのでしょう

特に 年末年始にかけての この時期は どうも
美味しい物や 楽しい会食の機会が避けにくい状況 

かもしれませんけど 暴飲暴食して自分を傷めないよう
お互いに 一寸だけでも 気を付けたいものですね

無理せずに 陽気を順調に蓄えてゆけば 来年は
今年よりも元気な1年を 過ごせるはずです

皆様に 一様に 来福がありますように☆

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107)先後合天について

この世界の過去からの状況を 観察しますと 
自己と 自己以外の人や生き物を 区別する意識から
様々な争いが派生してゆく ということは否定できません

けれど 一方 必要とされる 例えば身体の免疫システムや
社会の治安システムなどは 善悪 適不適 などを判断区別して
対処する事に由り 身体や社会の全体の秩序を保持してゆきます

ところが逆に 免疫細胞が過激な行動を起こす エラーが生じる
別の悪性の物に変化する というような現実が引き起こされる事も
現代医学的に指摘され 一般にも広く知られているところです

社会でも 銃を装備した警察官等が 悪事に手を染めないまでも
銃や弾丸の管理不注意から問題が生じる 等の事態も起こり得ます

そのような事象間に発生する矛盾を 漠然と感じておられる方
又 真剣に考えておられる方も 多いのではないでしょうか

先天炁の世界は 絶対的な安全性が厳然と存在する世界です
それ以上分解することの有り得ない 物質の最小単位 それを
炁と呼んでいる訳ですから 炁が破壊 消滅する事もありません

しかし その次元では 固有の自己という生命体の存在も亦
有り得ません 全ての物は 炁から始まり炁に帰するのです

固有の自己の存在を保とうとすれば 様々の可能性もある反面
現実の自己の管理責任 そしてリスクが 必ず付いて回ります

そこで 固有の自己を存続しながら 完全な安全性を得る事は
どうすれば可能なのか その答えが 先後合天という方法です

炁の世界に立脚しながら 同時に自己のオリジナリティを保つ
それでは その為に何が必要か という事が問題になります

必要なものは 簡単に言ってしまえば 自己の基となる
霊(エネルギー体)と心(自己意識)と神(管理感覚)です

自己の霊体が有り 自己管理意識が有り 先後合天の感覚が有れば

永遠の生命を自在に生きる(休息も含めて)事が理論的にも
現実的にも 可能になります

その基となる霊体を完成する事と その管理感覚を会得する事
その両方を行ってゆくことが 真の修養に外なりません

その具体的な方法として真坐 というものがあるわけです
特に元々の霊体の破損 エネルギー消耗が激しい現代人は
形坐という方法を加えて 効率を上げる仕組みになっています

意識を炁と気の間(臨界点を言えば 炁子と気母の間)即ち
先天と後天の間に置いて(それで管理感覚は安定する)
そのモードから 何事も発動してゆく ということです

この場合の 天というのは 世界 というような意味で
先天とは 形質として表現されていない 炁の世界 そして
後天とは 形質として表現される 気の展開される世界
先天と後天は 空の世界と声色の世界とも言えるでしょう

先後合天 とは その両方の世界が融合する 中間の次元
中を執る 中庸 と謂う真の意味は それに当たります

それを 単なる理想 夢物語ではなく 当然の事として
実現しようとするのが 道院の修養マニュアル 即ち
先後合天転地の実功(せんこうごうてん てんちのじっこう)です

そして 既に実現している方たちが この銀河の歴史の中にも
複数おられる のは事実です 例えば釈迦仏なども そうです

そのような存在に成るには 簡単に一朝一夕にはいきませんし
個人差も有り 人によっては今までの不適正な習慣を改めるのに
相当の時間が掛かる場合もあるでしょうが 早ければ一年程でも
順調な そして楽な修養の軌道に乗ることができるでしょう

未完成でも 軌道に乗れれば 修養は楽しいものになり
楽しければ 時間は問題無くなります そして ある程度
基礎ができてしまえば 途中で肉身が亡んでも 修養のコツを
会得したままで 意識を持続できるので 水泡に帰すことは無い
という 実に得難い方法なのです

その基本は 誠(自己の生命を害しない 宇宙を害ない)が有れば

「気を平静にする」 練習に由り 進んでゆくことが可能です

「平静」は非常に重要で 先後合天の微妙な次元を感覚するには
絶対に欠かせません それが次第に 息々(そくそく)モード
 即ち 炁気が自から微渺なリラックスの極状態になってきます

更に それが日常の当然の事として 自分の生活を満喫しながら

宇宙の繁栄にも貢献する「キョウジュウソクトン」という状態に
進んでゆくのが 真の修養 真の道 と言えるでしょう

そうなれば 自身の免疫システムがエラーを生じることも無く
邪悪な者たちが危害を加えることも 有り得ないでしょう
もちろん 争う意識も無く 必要も機会も無くなるでしょう

ところで 元々 免疫や治安システムは 不適正が発生した後に
それに対応する為に考案 実施されている訳ではありません

元々の先天炁胞の 元宇宙意識 とでも言うべき存在は
我々人類の想像を絶する 予防的対策を講じるものです

太乙正経午集という経典の最初の方に
「閉じるを知らずに開くのは愚かなり」という意味の
フレーズがあります

何か発動する以前に 必ず前もって予防的対策を準備する

それが 宇宙の管理システムの基本方針 という事です

従って 天地の環境が出来て後に 人身が生息する
その前に 人心が次第に競争状態を呈してくる事を
予想して 管理システムの一環としての制御方法を
準備されていた それが 身体の免疫システムであり
天地間で言えば 鬼神(きしん)や鬼仙(きせん)と呼ばれる
陰神(ネガティブな側面を担当する霊物)が活躍するわけです

ですから 問題が発生する世界に於いては 彼らの仕事は
勿論 有益であり 必要であり 重要でもあります

けれども それでもやはり エラーが発生したり あるいは
仕事熱心のあまり強烈な影響 例えば異常気象に由る天災地変
などを引き起こす場合も 近年特に多くなっているようです

玄学から言うと その主要原因は 人心の混乱 徳の低下です
そこにも亦 真の修養の意義と必要性が存在します

そして 永遠の生命を得る修養 という観点から見れば
免疫細胞たちは 身体が死亡すれば 死亡するわけで
どれ程真面目に働いている鬼神たちでも 所属する地
例えば地球が消滅する時には 運命を共にせざるを得ません

それを納得 満足できない者だけが 更なるステップUPを望み
仙人でも 真仙を目指すカリキュラムを得ようとするのです

それは 困難と言えば非常に困難で 一般常識で理解し難い事ですが
簡単と言えば そしてコツを解ってしまえば 非常に簡単な事です

つまり 分別の感覚が発生するのが良くないのではなく
それによって 違和感が生じ 嫌悪感が生じ 或いは
恐怖や 嫉妬心が生じ 敵愾心 攻撃欲求・・・と
際限無くバトルモードが展開してゆく事に問題があるわけで

それを 早目にリセットする 更に瞬間的に常にリセットする
その為に 気を平静にする練習から始まって エネルギーの
補充と維持管理の 機能を手に入れる その練習が修養です

その事によって たとえ地球や 太陽系の寿命が尽きても
自己の存在を保って 時間空間を自在に生き抜いてゆける
・・・そういう 真人 真仙に 実際に 自己自身が成れる

大道の 真の修養とは そのような修養です

参考にして頂けましたでしょうか




2011年1月11日    炁楽仙女

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114)人日の坐

農暦の1月7日 つまり今年2月9日は
人日(じんじつ) という日に当たります

人日は 五節句の一つで 七草の節句とも謂うそうです

古来中国では 正月の1日を鶏 2日を狗(犬)
3日を猪(豚) 4日を羊 5日を牛 
6日を馬の日として その動物の殺生を禁じ
7日目を 人を殺さない(犯罪者の処刑を行わない)日と
定めていたそうです

また この日には7種類の温野菜料理を食べる習慣があり
それが日本に伝わって 七草粥になったと謂われています

七草粥は 平安時代の貴族の間に流行し 
一般に定着したのは江戸時代だそうで
幕府の公式行事にもなっていたそうです

丁度 寒さの厳しい時期 そして年末年始の宴会等で
頑張った胃腸を労わるには お粥は理に叶っていますね

道院では 人日は また別の意味があるようです

子 丑 寅 卯 ・・・と干支が移るわけですが
子は天が開く時で 丑は地が開く時 という流れで
寅は人が誕生する時 という捉え方に関係して

人日には いよいよ人の天性が開化すると言いますか
天性を開化するのに 人日の日時を利用するのですね

これは 冬至の坐の時にお話した事とも関連してきます
そういう 意識のリセットの日 にするという訳です

修坐をしている方は 両手を膝頭に置く普段の形坐ですけど 
冬至の坐は子の刻の半(0時)を目安に行うのに対して
人日の坐は 寅の刻の半(4時)を目安に行います

ですから ちょっと早起きして 寒くない服装で
16分~20分ほどの時間 静かに椅子に坐って
この場合は 玄関黄庭に軽く意識する通常の坐です
玄関は 天地人の人位に当たりますからね

初めてトライしてみようと思われる方は その時間に
静かに 普通に椅子に腰かけて なるべく姿勢よくして
胸の辺りに 「穏やかな 柔らかな心」を感じてください

そして数分でも良いですから 静かさを楽しんで下さい
人として生まれてきた自分を再認識するのも有益でしょう

そして その後 穏やかな気持ちで普段の朝に戻って
暖かいお粥の朝食など召し上がれば きっと
今年の気運は  となるはず

今年ご都合が良くない方も 人日の坐の話を 
いつか思い出された折に お試し下さいね

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120)霊を集める

マイフレの修方さんから頼まれまして
「霊を集める」とはどういう意味かを
主に仏教関係の方の為に お話させて頂きます 

この世界に生まれた者は輪廻する というのが
殆んどの宗教の常識で 又過去世の記憶を持つ人々も居られ
釈尊等は はっきり認識して説かれたと拝察いたしますが
全員が輪廻する訳ではない 事も亦厳然たる事実です

御存じの様に この世に転生する必要の無い立場に
なられた方が 当時の声門コースにも居られますよね 

それと逆に 人の姿を失う場合 更には原材料の世界に
分解されてしまう場合も有る という現実です

何故に その差が生ずるか という所が重要で
そこに「霊を集める」というテーマが出てまいります

実に其のテーマこそが 修方さんの今生のテーマであり
その為に彼は現在の修養を始めました そして同様の問題で
悩む方達に参考情報を提供しよう とHPも始めた次第です

話を 釈尊に戻しましょう
釈尊は 私達の学んでいる道院でも 立派な修養者の
お手本として 特に尊敬されている方ですけれど 

何故に尊敬すべきかと言いますと ご自身の真霊
つまり固有の生命体としての基ですね それを十分に正しく
管理され 又その上で衆生を導かれた点が素晴らしい訳です

誰しも 体調の悪い時は仕事にも学術にも差し障ります
周囲に笑顔で善行を為すことなど 勿論困難になります
ですから 日頃から体調管理に留意するのは賢明ですね

それと同様 と云うより 更に重要な事が生命エネルギー
を充実させる事で それが「霊を集める」と言えます

その方法の 一つは徳を積む 慈の活動ですけれど
それのみでは却って自己のエネルギーを消耗する事が多く
したがって仏家では 坐禅を実行しますよね
釈尊も サンガーの内の菩薩コースのカリキュラム中の
六波羅密の一つに 禅波羅密を設定されていますね

道院の坐は 坐禅と形式も意識の仕方も異なります
それは 釈尊の活躍された時代よりも現在の方が
衆生各自の霊体の損傷が酷いので より強烈な効果的な
方法が必要になった為 と私は認識しております


では また お元気で

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122)ゆったりストレッチ

先日 ためしてガッテン というTV番組で
首のストレッチと 簡単な肩周りの筋トレが
肩こり解消に繋がるケースを紹介していました 

その中で 首を左右に倒すストレッチの際に
片手を添えて負荷をかける 定番の方法ですが

懸命に 限界まで頑張ると逆効果になってしまい
笑顔で 軽すぎるくらい軽く行った場合の方が 
血流が良好になる という測定データがありました

やっぱり!・・・と その時閃いて
他のストレッチも もっともっと出来るけど
ま・いいか という余裕で ゆったりと行う方が
却って「急がば回れ」状態で好結果が得られるかも

という事で 色々と 応用編を考えてみました
私としては もっと出来るのに という所で止める
その事が どちらかと言いますと苦手なんですけど
それが実行できれば イイ加減力UPにも繋がるはず

実際に試してみると 手抜きする自分を嫌いな私でも
手抜き出来る自分は まあ宜しいんじゃあ という訳で
自分的に納得しながら 余裕のストレッチを楽しめました

要は血流改善が目的ですけど 意識の進歩?はオマケです
思えば 何事も 歯を食いしばって頑張るのは良くありません
ゆったりと イイ加減に取り組む事こそコツというものでしょう

そうすれば 勇み足で挫けることも 達成感に酔うことも
出来なくて落胆することも無くなり そして何よりも
やり過ぎて自分を傷めることが無くなると思います

ゆったりストレッチ 如何でしょうか?

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131)波について

今回の災害で 地球上の多くの方たちが
直接的 間接的に 地震そして津波の猛威に
衝撃を受けられたことでしょう 私も驚きました

地震も 津波も 振動 波動という形態をとります
ですから実に 波動の世界の異常というべき事態です

一言に波と言っても 宇宙の根源の超微渺な波から
光波 音波 電波 水波 ・・・・・がありますし
縦波 横波という説明は面倒なので割愛しますが
光波 と言っても 霊波も 気の波もあります

音波も 人の心を癒し励ます音楽の波から 破壊的な
衝撃波(必ずしも悪い意味ではなく 善用すれば建設的)
電波にも色々な種類があり 水波も湖面のさざ波 渓流の波
そして今回の様な大災害に繋がる波まで 様々有りますね

けれど 我々が最も警戒すべきは 人の想念波でしょう
それが 今回の大惨事の裏にも存在するという事実を
精神的な世界に 多少でも知識体験のある方なら既に
何らかの感じ方で 実感されていることでしょう

想念波は 主として人の 気の波の一種です 
怒りや嫉妬 私欲や私情のネガティブな気の波動は
それが 如何なる理由付けをされていようとも必ず
その本人を傷つけ 特定の相手を 又周囲を害します
その事は 古今東西の聖賢が説いておられる所です

けれども現実は その聖賢たちが残された教えに基づく
宗教間の争いが ネガティブな波動の最も強烈な原因とも
為っているではありませんか!・・・ 実に悲惨な事です

その最大の問題点は 人がお互いに相手に対して
反省や改善 謝罪や賠償 撤退や消滅 等を求めて
自己を鎮化しないからです 自己自身の邪心や悪意
不正や不適を鎮化しないからです そして その為の

具体的な方法を 明確に知らない 又は知ろうとしない
更に知ったとしても真剣に 積極的に実践しないからです 

大道の理論は 「虚心」 という事を提案しています
それが大宇宙の根源の在り方であり 各衆生の元々の
最初の純粋な姿勢 最初の適正な出発点だからです

簡単な事を言えば 現在の自分の小さい利益や
些細な感情 慾望に捉われずに オープンな
気持になって 今できる事 もちろん職業も
家事労働も含めて 自分のすべき事をしっかりと

淡々と心を込めて実行しながら 気持ちを穏やかに
平静にして 善良な気の波動を 自身に そして
周囲に自然に発信する事だと思います その上で

余力があれば救援ボランティアも宜しいでしょうし
特にアイディアや能力があるならば 誠意をもって
この機会に発揮されることは 尚宜しいでしょう

その様に 善い波が一人一人の心から この世界に
発信され 共鳴増福されて 輝く光のネットとなり
善意の波の溢れる大海原となりますよう! 私も

心から 本当に心から願っております

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133))小鳥が止まるように

2~3日前 修方さんの家で話している時
彼の旧友から 久しぶりの電話が入りました 

修養を再開したけれど 心坐が上手くゆかない 
気持ち良くしていられない というお話でした

心坐というのは キョウ(ウガンムリに交)という
意識の依り所になる場所を感じてリラックスする
又 それによって気持ちをリセットする方法です

その依り所を胸の辺りに感じるのが基本で 又は
頭上の 新生児のピクピク動く所でも宜しいのですが
そのどちらかのキョウを軽く軽く感じてくつろぎます
それだけなんですね 全く簡単です けれども

難しく考えたり 努力しなければと意気込んで
上手くゆかなくなる方は 結構おられるようです
知的な方や真面目な方ほど そういう傾向です

電話して来られた彼も 考え過ぎらしく 又
経典の中に「習々して静を生じ・・・」 という
フレーズがあるのを知っておられる為に却って
練習が必要 と頑張る事も裏目に出たのかも

修方さんが「軽く 軽く」 と説明していました
一応理解されたらしく 受話器を置こうとした時
私は急に 小鳥の喩えを思いつき 代って貰いました

「小鳥が 枝に止まるように フワッと
羽根を休める感じで 意識を置いてみて下さい」

彼は 「今の その喩えはすごくピタッと感じました
やってみます」 ・・・・ それだけの会話でした

そして 今日の夕方 私の家に電話があって
「小鳥の譬えを言って頂いて 10年分の収穫です
その一言だけでも どうして御礼をしたらよいか・・・」
等と 随分喜んでおられました(お礼は請求してませんよ)

病気の治療法や薬品などが その人にピッタリ合って
ドロマティックな回復が得られたという事例は聞きますね 

どなたにも その喩えが適する訳ではないと思いますが
ご参考までに お話し致しました

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現在の状況

この度の一連の災劫は 未だに
原発の状況も地震も 一難去って復一難 
という感じで なかなか収束に至りません

死亡を免れた被災者も ご自身の怪我や大切な人の死亡 
家や畑 職場や学校の損失 不自由な避難生活等々・・・
精神的身体的苦痛は 測り知れないでしょう けれど

全体的に見れば 地軸の異常こそが忌々しき問題です
現在は 公転面に対して自転面の角度が2344度とか?
地軸関連のサイトには 何故か停止中の所もあるようです

ポールシフト というのは流石に大袈裟のようですけれど
地軸の傾きが増すと確かに地球の自転が早まり 極寒や猛暑 
海流や風向の変化 等の異常気象が促進されるばかりでなく 

地球の公転軌道にも影響を及ぼすでしょう そうなると
地球だけの問題に止まらず 太陽系全体 その外にまで 
深刻な影響を及ぼす大問題となるでしょう そして又

地軸が不安定になる 又は傾き限度を超えると必ず地球の
動物の身体 特に脳が直接的なダメージを受けることは
一部の科学者の間では以前から注目懸念されています

人に限って言えば 頭脳が狂い始め 人心が狂って
現在より更に 種々の悪循環が加速されるでしょう
それを解決に導く方法は 幾つか考えられます

一つは地球の人心の正常化で その為に随分前から
様々な人々に由り様々な 有効或いは非有効な努力が
為されて来ましたが 逆に新たな問題も招いています

他には 霊体で地球の中心部に潜入して地軸を安定させる
その方法は確かに有効ですが 簡単な作業ではありません
そこは 磁気の苛酷な環境らしく 霊体でも辛いそうです

その仕事を嘗て1度実行された方 又彼と同レベルの方も
この世界に居られますが 彼らがその地軸安定のお仕事に
トライ又は再トライされるか否か 私には今 解りません 

私の場合 その方法は自信が無く 万一自分の使命まで
遂行不可能になると大変なので 思案しておりました処
奇しくも 地球の母神とコンタクトする機会を頂きました

そして 丁度 現住所が最適な条件を備えていますので
道院の坐に由る方法で協力をさせて頂く事に致しました
坐軸と地軸が共鳴すれば 多少でも善い効果が期待できる
と云うより 自分の仕事の合間には其れが精一杯の協力です

けれど 天地の位育参賛は 何も特定の個人の仕事ではなく
道院の心坐は本来 その様な宇宙の心 太陽や地球の心との
交流 呼応を当然の状態とするものである筈です その場合
用いるのは主として 内外と太極を意識するバージョンです 

その坐を行う機会がある方は 一人でも多く 一秒でも長く
そういう積極的な意思を以て 坐の実行に参加して頂きたい
と願うものです 一般の坐禅でも道虚でも 自然な気持ちで 
単純に静かな心を感じるだけでも 地球の正常化に向けて 
誠意のエネルギーを提供するボランティアになるでしょう

それは 修坐と慈行の「内外不偏」 の実践にも繋がります
咒や誦経を行う場合でも 自心の安定を基としなければ
意義も効果も薄らぐばかりか 却って人心の驕矜等の
新たな問題を引き起こす事態にさえ為りかねません

自己の元神(固有の生命意識の元) に対する誠意
を今一度 再認識して 地球の安寧を願って 
心坐を致しましょう 有識 有志の皆様! 
どうぞ宜しくご参加を お願い致します

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145)夏至の坐


101)冬至には・・・の日記で 冬至の坐の事を
お話しましたが 夏至の坐については 重視 奨励
している文献等を 今まで見たことがありません

けれど道理としては 夏至も冬至と同じかそれ以上に
重要であるはずで 特に今の混迷の時期には意味がある
と感じ そこへ丁度仲間の一人から提案がありましたので
夏至の坐について ご一緒に考えてみることに致しました

夏至はご存知のように 冬至の陰極に対し陽極に当たります
冬至が これから陽気が増加してゆく時期なのに対して
夏至は陰気が増加してゆくので それを意識して注意深く
暮らす というのが普通の養生の妥当な考え方でしょう 

大道の理では 更に積極的な立場で夏至の活用が可能です
つまり 易で謂う「離明」 火の徳ですね 文明とも言えます
十干で言えば 冬至の子に対しする午で 人の智恵が極となり
ターンの時を迎えます その時をピークに智恵が収束に向かう

のではなく 宇宙の英智を自然に受けられていた本来の自己の
状態に戻す その為の人知のリセットに最適な時間と捉えます
リセットは何時でも可能で 恒にする方が善いでしょうけど
特に 夏至の時期の正午の頃に行うと 効果的という事です

そういう訳で 今年は6月21日 22日 23日位の期間中
の1日を決めて ご自分の現在地の頭上に太陽がある時間に
頭脳の識慮を空っぽにして心地よいリラックス状態にする
その為に 意識を軽く元頂(しん門)の辺りに置く心坐と

更にそれを強化する形坐 をする事は意義深いと思います
道院の修養を直接されていない方も この機会に今までの
世界の文明や人智について 今一度 考えてみる時間を 
お持ちになる事は 決して無駄にならないと思います

ご参考までに お知らせ致します

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新しい坐椅子

今日は 新しい坐椅子を使ってみました
なかなか座りやすくて 見た目もお洒落です
実は 昨日見つけて買ってきたばかりの椅子です

香港のホテルの部屋にあった腰掛けが良かったので
同じようなのを探しに行く と隣の修方さんが言い出し
買い物上手な?私も一緒に行ってあげることにしました

探すと言っても イイ加減に電話帳の家具の所を開いて
この店に行こう と直観的に決めて直ぐに出かけました

知っている店ではありません 旧式のナビ君が頼りです
高速道路を通って1時間ほどの所の初めての小さい店
自分のカンに対して疑いを抱き始めた・・・その時!

あったあった♪♪ありました♪♪♪ 超シンプル 
サイコロ型 人工皮革張り 色は数種類あります 
バーゲンの目玉商品 試してみると好い感じ
おまけに 収納箱にもなっているんですよ

黒色のを即購入 税込みで¥2990
ついでに 私にも 同型の白色のを1個
車に積んでから これって探すと難しいかも
あつらえると大変だし ウウ・・・と一瞬迷う

誰かにあげても喜ばれるよね ということで
急いで店内に戻り 先般の店員さんを呼んで
白と黒 各1個を 追加購入いたしました

今 その予備状態のはずの坐椅子たちには
神霊がいらして 合坐して下さっています
常の往きあたりバッタリの展開ですけど

これを機に 形坐を真剣にしましょう
と 気持ちをリセット致しました
椅子たち! ご協力宜しくね

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自信について
自信とは 何でしょうか?
あなたは 自信をお持ちでしょうか?

私は今までも今も 自信を持っております
それは 大道と繋がっているという自信です
どんな状況でも 道の中に存在するという自信です
それ故に ピンチの時もポジティブになっていられます

大道と呼ばず 大炁胞でも 大宇宙でも 大親神でも・・・
とも角そういう 自己存在の根拠が 自信の基になり得ます
それは 単なるイメージではなくて 理論的に確かな事ですし
条件さえ叶えば必ず 実感できる機会に遭遇するものでしょう

理論的に確かという理由は 喩えて言えば 指先の1個の細胞も
毛細血管から太い血管へ そして心臓へと 繋がっていますよね
神経のラインも 脊髄そして脳の方へと連絡されているでしょう
更に 1細胞自身にも自己固有のDNAが標準装備されています
ですから 全体とは関係ないという様な認識は不可能なわけです

けれど実感するには機会が必要です ですから 人によっては
不可能ではないにしても 非常に困難な場合は有るでしょう
一つの真理に出会うだけでも それなりの条件が必要です
その最低条件は何か と言いますと それは道理では
その個人の能力的 又はエネルギー的条件ではなく
自己自身の生命に対する「誠があること」です

そもそも「信」とはどういう事か 考えてみましょう
「信」の文字を見れば 言葉と人で構成されていますね
例えば 知人があなたとの約束事を実行した と知った時
あなたは その人を信用できる人である と感じるでしょう 
完行できていなくても 努力していると認識できる 又は
無理からぬ状況変化を察知すれば 不信は起こりません
企業や国家でも 約束の遂行が信用の目安になります

それらは その人や国の「誠意」を感じるからです
即ち 誠が感じられれば信じられる という事です
誠とは 言葉が成る 成就するように努力する義です
それは 自己自身に対しても同様ですから 自分が何か
仕事を成し遂げた 又は目標に向かって努力している場合
自分の誠意ある状態を実感して 自分に好感を持つでしょう
そして そういう事の積み重ねで自信が付いてくるわけです

周囲の人々も 神佛や諸天等も同様で そのような「誠」を感じて
その人に応援の手を差し伸べる気になる それを感応の理と謂います
知人の応援でも 誠が感じられる場合は疑わず遠慮せずに受けるのが
賢明だと思います まして神佛の加護は欲しても得難いものですから
その「機」をチャンスとして活かすことが その個人にとって 又
引いては 周囲や世界全体の環境等にとっても善いことでしょう

この様に「信」と「誠」は非常に密接な関係にあります
道院の 太乙正経午集という経典の第五節第三録には
「古の学ぶ者は 弗見弗聞なれども之(真理)を求め
弗得なれども之(修養)を力行し 力行弗懈(なまけず)
自(おのず)から能く誠堅の境に至る」と説かれています
この場合の古の学ぶ者とは 昔の聖賢たちのことです
誠堅によって自然に 基(エネルギー体)の定固へ また
定固から功候(はたらきと状態)の恒久へ・・・と日々新之
そうなると実感の機も多く 真理が心身に定着してきます

仮に 他人が如何に証拠らしきものを提示して見せたとしても 
自分が実感し納得できなければ 身に付かず実益もありません
例えば 宝くじの当選者が豪華な買い物をした事例が公表され
そういう事が起こり得る と一般的に証明されたとしても
実際に自分が当選しない限り 他人事に過ぎないでしょう

逆に 認知度の低い事や 常識的でない事であっても
もし自分が会得して 有益に活用できるようになれば
それは 他人が何と言おうと何と思おうと 自分にとって
疑う余地のない 現実の事 当然の事となるでしょう
そして更に それが真の自信となってくるでしょう

真の自信は 既に真理を体得した聖賢の場合でなくとも
この道を一歩一歩進んでゆけば必ず目標に到達できるという
確信を得て 自分なりに誠を尽くしている と感じた場合も 
沸々と湧いてくるでしょう その時は 心が輝いています
と言葉で聞いても これ亦 実感してこその機会です

そういう訳で 私達の提案する修養方法に関しましても
ご自身の現在の自信の上で もし理論的に「有り得る」と判断
直観的に「ポジティブな印象である」と感覚された場合には
多少の時間を割いてトライなさる事はご自身への誠でしょう
何事も トライしないで達成することは不可能ですから

勿論ご選択は各位のご自由で 私は情報提供のみです
けれど 最基本の「宇宙の中の自分である」という
自信だけは保って頂きたいです そして願わくは
真の自信に溢れた現実が得られますように

私も亦 諸仙佛善神の慈愛に感応して 
ご参考までの話をさせて頂きました

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イイホ君 アンドロイドマーケットへデビュー

214日 イイホ君(「生きる!意味と方法」の略称)が
アンドロイドのアプリとして デビューいたしました

単行本が完売になり 何とかしたいと思っていました時に
大橋博倖氏という方がコンタクトして来てくださいました
多数の人がイイホ君に出会えるようにという善意からでした

彼は電子書籍の世界に明るい方で とりあえずアプリとして
公表することを提案 そしてAPKファイル他の必要データを
準備して下さり 現実のデビューまでサポートして下さいました

そのお蔭で現在 アンドロイドマーケットにUPロードされています
本をお持ちの方も お気が向きましたら どうぞ覗いてみてください
https://market.android.com/details?id=net.androbook.material120214122240_13d60a8e&feature=search_result#?t=W251bGwsMSwxLDEsIm5ldC5hbmRyb2Jvb2subWF0ZXJpYWwxMjAyMTQxMjIyNDBfMTNkNjBhOGUiXQ..

これも 大橋氏が送って下さいました 私はこういうの全然ダメです
又は Android Market へ行き「生きる意味」で検索してもOK

内容は単行本とほとんど同じですが 少々変更いたしました
目次が付き ルビが増えましたので 分かり易いと思います
説明を分かり易く変えた箇所は 単行本のP160だけです

それから 高雄という地名が高尾になっていましたのを
高雄に訂正いたしました(実は 高雄が地理的 役割的に
人身の尾りょに当たるという済仏様のジョークでしたが)

又 本の形ならば ヤントラのような使い方も可能ですし
お守りグッズのように利用している方もおられる様ですが
アプリになっていますと お手軽で携帯には便利ですよね
情報としては どちらも同様に利用して頂けると存じます

では 本日はとりあえず お知らせまで
皆様 お元気でお過ごし下さいませ

2012年2月15日      きらく仙女
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閉じることを知って開く

今日 政府が原発ゼロをエネルギー政策の目標にすると
発表しました 思えば 心ある人々は原発の存在自体の危険性を
ずっと以前から 懸命に叫んできましたが それがやっと今日
単なる言葉だけでも発信された事は 日本という国にとって
重要な宣言であると思います 嘗て戦争放棄の理念を掲げた
その事は非現実的であったにしても 理念を明確に掲げることは
日本人が 純粋で そして恥を知る国民である証と言えるでしょう

原発を稼働すれば必ず出る放射性廃棄物の完全な処置方法や 
可能性のある放射能汚染対策も確立されてない侭に 原発を稼働
また再稼働させて 大惨事の現実を目の当たりにしても尚 愚を改めない
日本がそんな国に成り下がらなくて本当に善かった と一応喜んでおります

「闔を知らず闢する人は将に呆」というお言葉が道院の経典にあります
何か物事を起動する以前に 必ずそれを閉じる方法を確保しておく 
大道は 宇宙は 常にそういう方針で運営されているそうです

私達の日常の物事でも 何か始める時には 終わる時の事を
分かってから始めるのが宜しいのではないでしょうか

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RAILWAYS

高速バスの車内で RAILWAYS という映画を見ました
中井貴一という俳優さんが扮する有名企業のエリート社員が
小さい頃の夢だったローカル列車の運転手さんになる という
現実に有り得るか否か不明ですけど そういうストーリーでした

系列工場の閉鎖 母親の入院 親友の不幸 家族の気持ちの擦れ違い
そんな中で 「自分の本当にしたい事は 何なのか?」 という問題を
提起している映画なのだろうと 個人的解釈をしながら見ておりました

そして映画は 去って逝った人を見送る人々や 新たな道を見つけた人々
それぞれが 自分のrailwayを一歩一歩と進み始めた所で終わりました
後味の悪さは無く 特に感動的でもなく 日常的な風景を見たような
やっぱり有りそう と納得できるような纏め方をしてありました

帰宅してから 私も一寸自分の最近の状況を反省致しまして
自分の「為すべきであると思う事」を努力して為すよりも
「心からしたい事」を為すべきだと 私に気付かせる為に
バス移動中に その映画を見せられたのだと思いました

最近いろいろと用事があって ライフワークの経典研究が
遅々として進まないでおりましたが その一番の原因はやはり
「これをして置かないと」と気が進まない経典(名前は伏せます)に
取り組んでいた為でした そういう義務感で佳い仕事はできませんよね

本当に取り組みたい経典を徹底的に研究してみようと思い直しますと
何か楽しさ安堵感に包まれて 出張の疲れが消去されたようでした
これで又私も 新たな気持ちで自分のrailwayを進めそうです

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電子書籍版がUP

イイホ君こと「生きる!意味と方法」が風詠社から
bookwayにUPされました ご心配下さっていた方
ご所望の方には、本当に長らくお待たせいたしました

内容は 単行本と殆んど変えておりませんが
誤字を訂正し 説明を解り易くした所なども若干あります
そして 真霊の基の見本的写真を付録に付けました それにつきましては
誤解を招くかもしれないとか 安直な感じがするという意見もありましたけれど
一方 現実的な励みになる と喜ばれた方々も居られまして 最終的には
皆様の参考になれば との写真の本人の希望で掲載させて頂きました
以上 お知らせ致します

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天地の位育

読者からのご質問がありまして、
「天地の位育」について少々お話致します。

「天地の化育」という表現が一般的でしょうね。
そこで先ず、「化育」を字源で調べてみますと、
「天地自然が万物をつくり育てること」とあります。
中庸の「能く物の性を尽くせば、則ち天地の化育に賛す可し」
のように、天が先ず地を化し、地が万物を生じ育てるわけですね。
正経午集4節―7録に「万物の化育は皆、炁の一脈に於いて発源す」

人も亦、他の動植物、万物と同様に、天地の化育を受けるものです。
ですから、天地は基本的に我々の関与が無くても化育を行う事ができ、
逆に昨今は、人類が天地の化育を邪魔している様相と言えるでしょう。

けれど、本来の人は、万物の中から抜きん出て、天地の仕事に参賛する
その所以は、天地は陰陽の代表として万物の形体を主宰するのに対して、
人(と言っても霊的に一人前の自立した人です)の仕事は、天地の中央で
万物の霊(キのエネルギー)の代表として動静を主宰する、と謂われます。

動静と陰陽の関係は、簡単に言えば、動静に由って陰陽が決定されます。
つまり元々の最小物「先天炁」が静寂している状態から、静が極まって
自然に動に転じるという現象が起こる事に由って、2個のキの粒の間に、
能動的な炁と受動的な気という立場の異なりが発生します。その前者を
名付けて陽と呼び、後者を陰と呼ぶ、という具合に陰陽という相対性が
出来ます。ですから、動静に由り陰陽をコントロールできる訳です。

人が天地の中間に位置して、動静(霊的な波動)を整える事に由り、
天地の環境を良好な状態に保持する事ができるという道理です。
又、人心の混乱が天災地変を引き起こすと謂われる所以です。

位育の、「位は其の所に安んじる、育は其の生を遂げる」と
字源に有ります。そして中庸の中にも、次の文章があります。
「中和を致せば、天地は立するかな、万物は育するかな」
道院の基本的経典、太乙北極真経の卯集第1節中「命定者結」
の注釈に「結の字は、天地の位育に参化する人神の義」とあり、
つまり、天命を会得した者は、神格的立場となって、天地の
「位育」に参加、協賛する、という様な意味になります。

他には、正経午集4節−6録.又同じく3節−2録に
「正なる者は、天地の中和を含し、以て位育する者なり」
「炁が運を為すや、中和位育にして天地を経緯するを以て、
万有を化孕する者なり」等という御説明が見られます。

確かに人は、天地の中に生まれて養育されなくては、
一人前に成長して自立する事もできないと言えますけれど、
譬えれば、両親に因って一家の中に生まれた子供が成長して、
少しでも家事を手伝えるように成るのが「化育に参する」で、
家業に重要な独特の役割を担うのが「位育に参する」でしょう。

そして位育は、人が中和の気を発する事により成立すると謂われます。
中和の気は、先ず内(人の心君、主体的な管理能力を持つ心ですね)が
中心として安定する、その上で、周囲に対して和を発信してゆく事ができ、
内の中と外の和が相乗して中和の気が増幅してゆきます。十分に増幅すれば、
太和となります。そのような、人と環境の善い状態、人と天地の協力関係が
万物にとっても世界にとっても理想ですから、それが人の目標になる訳です。

自立した人は、天地にとっても運営上欠く事のできない、尊ぶべき存在です。
けれど、現身を持つ以上、人も他の万物と同様に天地の中で生まれ、保護され
存在させて頂く生物で、形体的には天地あっての人という範疇から出られません。
そういう訳で天地人は、発生順に言えば天1地2人3ですが、各々が守備位置に
付けば、貴賤の別は無く、対等に並立する立場で、いわゆる三才を構成します。

位という文字は、人偏に立ですね。人が立つ意味で、解りやすいです。
人が自立する事に由り、「天地が立し、万物が育する」という事です。

我々も、そのような「真の自立」を目指したいものですが、先ず
そういう仕組みを認識する事は意義深いと思います。

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お待たせ致しました

昨年来準備していました「鎮心経」は
たま出版から出版の運びとなりました。

6月24日頃から全国の書店に並ぶ予定で、
沖縄、北海道では少し遅れるそうです。

大道の真理を知りたい方や
この世界の混迷を憂うる方は
ぜひ一度お手に取ってみて下さいませ。

A
5・全224ページ・本体価格1500円
状況に応じて増刷の予定ですが、初版2000部の
品切れがご心配な場合は書店にご予約下さいませ。

色々面倒な作業に手間取ってしまいましたが、
何とか今年の夏至に間に合いました。

これを機に、全ての物事の好循環が
加速してほしいと願っております。


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いよいよ新年
新年?とお思いの方も、
今日は農暦(太陰暦)の元旦、
未年の幕開けおめでとうございます。

羊は吉祥に通じる、とも謂われますね。
良い事ばかり次々起こってほしいものです。
淡く雪化粧した山村には、穏やかな日が差して、
今朝は自宅で、新年のお祀りをさせて頂きました。

何時の時代にも、警告を発する人達はおられるようで、
今年は特に日本の要所に大地震や火山噴火等が発生すると、
日時まで指摘して予告している人達もおられますので、私も
できる事をしなければと、幾つかの仕事を試みております。

それは丁度、何十年か前の、癸亥の年の頃の状況のようです。
富士山の噴火が近いとする研究者や宗教関係者等が続出して、
更に災害を回避しようと、色々な場所で色々な立場の人達が、
各々の考えに基づく対策を真剣に執られていたようです。

そんな折、笹目秀和氏と10名程の青年有志は、東京郊外の
大嶽山で毎日、災刼弭化のための合誦を続けておられました。
その場所を訪問した事が、私の道縁の直接のきっかけでした。
多摩道院(当時は多摩寄修所)の1周年記念式典の日でした。

その年には幸い、全国の善良な個人や集団のご努力も加わり、
富士山の噴火には至りませんでした。多摩の合誦参加者達は
香港母院のフーチの壇で、意外な程のお褒めのお言葉と共に、
各々に必要なエネルギー、幸運、免因等を賜ったそうです。

その頃よりも今年は、更に深刻な状況かもしれません。
けれど現実に、何時、如何なる事が起こるとしましても、
如何に対処するか、その結果も亦、各一人一人の問題です。
周易で申せば、雷水解となれば運気の新展開となるでしょう。

この文をご覧の皆様には、できるだけ災難を回避されて
より豊かな人生を楽しんで下さいますよう、日頃から
体調を整えると共に、ご自身の安心の基となる真霊を
充実する修養を開始また持続して頂きたいものです。

そして、この新年の幸運気が増幅してゆきますように、
鎮心経を入手されている皆様には是非、我々とご一緒に、
たとえ日に一遍でも、世の安寧を願って、心を込めて
お唱えして頂きますよう、切にお願い致します。

鎮心経がお手許に無ければ、ご自身の所縁の神仏に、
親しんでおられる祝詞や御経、お祈りの作法等を以て、
世の人心の安寧、平和な暮らしを祈念して頂きますよう。
たとえ短時間でも、本気で祈願して頂きたいと存じます。

日本の彼方此方、通津浦々から人々の誠意が発信されれば、
この世界に多くの生気が発生してくるでしょう。そうなれば、
大刼の完全消滅とまでは無理だとしても、必ず相当の災害の
軽減、緩和という結果として現われてくることでしょう。

この元旦を機として、今まで以上に、心有る一人一人の
善意の輝きが美しい光明の線となり、それらがネット状に
組み合わさって、力強く無限に広がってゆきますよう、
心より、本当に心より願っております。

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